レイトン・ヒューイット
元世界No.1、現在も世界のトッププレーヤーとして活躍するレイトン・ヒューイット。そのレイトン・ヒューイットとピーター・スミスについて。
レイトン・ヒューイットとピーター・スミス
ヒューイットの育ち
父親は元プロフットボール選手(オーストラリアンフットボール)、母親は体育教師でネットボール(バスケットに似たスポーツ)の州のトップのリーグでプレーするというスポーツ一家で、ヒューイットは育ちました。
ピーター・スミスとの出会い
ヒューイット家には芝のコートがあり、4歳の頃からテニスに触れていました。そのような中で、「'なるべく早い時期から正しいうち方を身につけさせたい」と考えた両親はアデレイドでの優秀なコーチは誰か?と何人かのテニスをする人たちにたずねて回ったといいます。
するとそのみんながピーター・スミスの名前を挙げたので、迷わずピーター・スミスに連絡し、6歳の頃からプライベートレッスンを受け始めました。その関係は16歳でプロ最年少で優勝し、世界のトーナメントを回り始めるまで続きました。
ピーター・スミスからダーレン・ケーヒルへの引き継ぎ
ピーター・スミスはトーナメントを回るコーチではなく、現地でジュニアを中心に教えるのが好きなコーチなので、ツアーコーチはやはりピーター・スミスの教え子で、プロを引退して間もないダーレン・ケーヒルが受けるようになりました。
ピーター・スミスとヒューイットは、その頃と変わらず親しくしていて、メールなどでやり取りをする関係だといいます。そして、ピーター・スミスは今もオーストラリアンオープン等の主要な大会では、応援に駆け付けています。そしてヒューイットがアデレイドに戻ってきたときには、アカデミーで練習を行っています。
レイトン・ヒューイット・インタビューより
出会いは、6歳の時
僕が最初にピーターのコーチングを受け始めたのは、6歳くらいのときだった。だからかなり昔にさかのぶる。僕の記憶が正しければ、毎週日曜の朝に、僕は彼のレッスンを受けていた。彼は、あるエリアでは厳しかったと思うけれど、でも、同時に僕らは大いに楽しんだ。
だから、選手として成長するのは(比較的)容易なこと
僕が考える限り、彼は技術を学ぶ上で最高のコーチだった。僕のテクニックは昔からずっと、若い選手にしてはしっかりとしたものだったと思う。だから僕にとって、選手として成長するのは(比較的)容易なことだった。最初から、しっかりとした技術的基盤をもっていたわけだからね。そしてそれも、ピーターの指導のおかげだったんだ。もちろん、僕の側にちょっぴり才能があったというのも事実だけど、ピーターは、可能な限りそれを磨こうと努めなければならなかった。僕の両手打ちバックハンドは昔からずっと僕の強みだったと思うんだけど、これに関しても、ピーターに負うところが大きいね。
教え子からベストを引き出したい、彼らが上達しより優れた選手となるのを見たい、と思う人
僕らはふたりとも、あらゆる意味で完璧主義者だった。彼はいつも、教え子からベストを引き出したい、彼らが上達しより優れた選手となるのを見たい、と思う人だったんだ。そう、僕が自分の望むような選手となるのを、上達し続け、自分のゴールを達成しよう努めるのを見たい、と彼は思ってくれていた。
ピーターはいつもそこにいて、僕をサポートし続けてくれていたんだ
もう少し大きくなって、世界中のジュニア・トーナメントでプレーするようになってからも、僕はいつもピーターと電話で連絡を取り合っていたんだよ。少年時代を通し、ピーターはいつもそこにいて、僕をサポートし続けてくれていたんだ。彼は本当にすばらしい人だ。昔から常に、誰をコーチしていようと、彼はその選手を心から思いやっている。
それが最も重要なことだよ。ああ、彼は皆が上達するのを見たいと思っている。僕はかなりいい進撃も見せることができたから、きっとピーターも、僕がここ10-15年に挙げた成績に、大いに満足してくれていることだろう。
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