アカデミー・ブログ
長期留学生タイチの感想です。
彼は以前短期で留学を14歳でしてきました。、とても泣き虫???でした。(ごめんタイチ)
その後日本の中学を卒業しアデレードに留学&テニスプログラムと忙しい生活をし、この度無事卒業。
日本に土曜日に帰国しました。
とても寂しいです。
タイチ色々ありがとう!また楽しい話聞かせてね。
彼の感想はこちらから ↓
オーストラリアテニス留学
こんにちは、初めまして。佐藤太一です。私は2008年11月をもちまして3年半のテニス留学を終了します。この3年半という長い留学生活の中で、私はたくさんの思い出を作り、数々の貴重な経験をし、アデレードでの生活を有意義に過ごすことができました。そんな私の留学の日々を、これから少しだけ紹介したいと思います。テニス漬けの3年半をどうぞお楽しみください!!
留学のきっかけ
私は中学1年の時にテニスを始めました。ラリーもできず、大会では1回戦に勝てるかどうか・・・というレベルだった私は、プレーの向上と精神的な弱さを克服するため、中学2年に1週間、中学3年に50日間、ピーター・スミス・テニスアカデミーに短期留学をしました。ピーターとの初めての出会いはその時で、その穏やかな性格と親しみやすい人柄、柔軟な考え方を持った彼は、私にとって理想の指導者でした。彼の的確な指導に魅了され、「ピーターのもとで更にテニスを学びたい。」と思ったのがきっかけで、長期留学を決意しました。短期留学後に私学大会で優勝することができたのもきっかけの1つです。
学校生活と日常
学校生活で最も苦労したことは言語であったと思います。中学では部活ばかりの毎日で、英語のことなど気にも止めていませんでした・・・。現地の学校では初めに英語クラスに入ったのですが、先生や生徒達の言うことが全く分からず、勉強や宿題も疎かになっていたので毎回のように先生に叱られていました(笑) 何よりも、私より年下の生徒が、自分より数段高いレベルで英語を話していたことがとても悔しかったです・・・。しかし、同じ日本人留学生や韓国や中国をはじめとするアジア各国の友達の助けと、大谷さんの通訳もあり、次第に英語を上達させることができました。英語が片言でも話せるようになったおかげで外人の友達も増え、学校生活をより充実したものにできたと感じています。他校の生徒達とも友達になることができ、週末になれば中華街で昼食を共にするなど、友人関係の輪が広がり、どれも良き思い出になりました。
毎日のテニス
私は現地の高校に通っていたので、午後4時から6時のレッスンに参加していました。慣れないホームステイ生活や言葉の壁がある中、月曜日から金曜日まであるレッスンはとても大変でしたが、たとえ辛くても毎日一生懸命練習し、自分の成長を少しずつでも実感できることが私にとっての唯一の支えであり、喜びでした。毎日の充実したテニス環境のおかげで今の自分があり、3年半もの間テニスに集中することができたので、人間的にも大きく成長できたのではないかと感じます。
毎週土曜日に行われるディビジョン(テニスクラブ同士の対抗戦)では、いくつもの試合を経験し、同世代からシニアの方々まで、たくさんの選手達とテニスを楽しみました。敗北よりも勝利が多いことを願います!!サウス・オーストラリア州の強化選手や、元ダブルスATPランカーを倒したときは最高に喜びを実感しました。週末明けの月曜日にピーターやルーク、大谷さんに勝利を伝え、「Great work mate!!よくがんばった!!」とハイタッチを交わした時は、涙が出るかと思ったほど嬉しかったです(笑) ピーターとのコンビネーションは最高です!!
テニス以外にも、長距離マラソンや山岳マラソンに積極的に参加し、スポーツの幅が広がったと思います。メモリアルドライブマラソン部にも在籍し、日々タイムを縮めることを目標に努めていました!!(笑)
最後に
私の3年半のテニス留学は、言葉では言い表せないくらい充実していました。友達に「留学どうだった?」と聞かれたら、自信を持って「最高だった」と言うことができるでしょう。日本の高校に通っていたら味わえない国際的な交流もでき、何よりも世界レベルの指導を学ぶことができたのは、私にとって最高のプラスであり、一生に一度あるかないかの貴重な体験だったと思います。この留学で学んだことを常に活かし、これからの将来に役立てていきたいと思っています。最後に、ピーター、ルーク、いつも私達をサポートしてくださった大谷さん、充さん、そしてテニスビジョンの方々、今まで本当にありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします!!
佐藤 太一
このページの先頭へ
トップページへ
